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2023.02.10

「灘の酒」ってなにがすごいの?【後編】 神戸から江戸、そして世界へ。新しい日本酒のいまを追いかけて

「灘の酒」ってなにがすごいの?【後編】 神戸から江戸、そして世界へ。新しい日本酒のいまを追いかけて

「灘の酒」とは、神戸市東部の沿岸エリアで生産される日本酒のこと。力強い酸味が特徴で「男酒」と呼ばれていますが、前編では灘の「新しい日本酒」を訪ねました。

でも、そもそもなぜ、この地でおいしい日本酒が生まれ続けているのでしょうか。

お酒の原料は、水、米。日本酒のなり立ちと一緒に、神戸の恵まれた環境を追いかけてみたくなりました。

【文】 コヤナギユウ (デザイナー/エディター)
給食のオバサンから書籍出版社で営業職ののち、渋谷やNYの路上で絵を売るイラストレーターへ。現在はグラフィックデザイナーに転身し、旅や体験を楽しく情緒的に表現するライター業も行い、写真も撮る。カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務め、神社検定3級。
公式HP /Twitter /Facebook /Instagram

「男酒」の味わいの決め手、六甲山から流れる中硬水

神戸ウォーターとして知られる布引の滝も六甲の水。新神戸駅から徒歩約15分

灘五郷のお酒は「男酒」と呼ばれ、力強い香りと味わいが特徴です。

この味の決め手となっているのが、水。

1983年から2010年まで、ハウス食品から「六甲のおいしい水」というペットボトル水が売られていたことを、覚えている人もいるのでは。

現在も「アサヒ おいしい水 六甲」として販売されているとおり、水の名所として知られています。

六甲の水は花崗岩層に磨かれ、リンやカルシウム、カリウムなどのミネラル分を含んだ中硬水です。

これは、日本酒を造る上で麹菌や酵母の栄養源となります。また、変色やニオイの原因となる鉄分が極めて少なく、灘の酒造りに欠かせない「宮水(みやみず)」として、男酒の味わいを作り出しています。

Information 布引の滝
住所 神戸市中央区葺合町

兵庫県生まれの酒米の王様「山田錦」

神戸ですくすく育つ、日本酒米の山田錦 Photo by 神戸市経済観光局北農業振興センター

日本酒に使う専用のお米を「酒米」といいますが、正式には「酒造用米」といい、中でも特にいいものを「酒造好適米」というそうです。

酒造好適米の生産量は、酒造用米の中のわずか5%。その代表品種が「山田錦」で「酒米の王」の異名も。

神戸市経済観光局北農業振興センターによると、日本で作られている山田錦のうち約60%を兵庫県で生産しており、神戸でも作られているそうです。

港と山のイメージがある神戸で作っているなんて、少し意外ですよね。

主に六甲山を越えた北区で栽培され、昼夜の寒暖差の大きさが、山田錦栽培に適しているそうです。

いい酒米の条件は、粒が大きくて、中心に「心白(しんぱく)」というデンプン質のかたまりがあること、など。

そのため、飯米の草丈が90cm程度なのに対し、山田錦は120cm以上にも伸びるそうです。

米粒が大きい分、穂も長く大きくなるため、風で倒伏しやすく、栽培には手間がかかります。

また、間隔を取って植えなければいけないので収穫量も少ないとのこと。

それでも、山田錦を選ぶのは、やはりおいしいお酒ができるから。

全国新酒鑑評会で金賞を受賞する酒のうち9割が山田錦を使っているそうです。

実るほどこうべを垂れる、神戸産の山田錦 Photo by 神戸市経済観光局北農業振興センター

そんな高品質で職人に選ばれている山田錦ですが、コロナ禍で作付け面積が減ったといいます。

「日本酒の需要が減っていることに加え、コロナ禍により消費量が減少し、山田錦の生産量は4年前と比べて7割程度と落ち込んでしまいました。需要があればすぐに山田錦を作れるよう、減産した〝ほ場(農地のこと)〟ではキヌヒカリなどのうるち米を生産しています。

需要に合わせた生産となりますので、山田錦の生産量はさらに減ることも考えられます。山田錦の産地をいかに守っていくかが重要な課題です」(神戸市経済観光局北農業振興センター)

神戸産の山田錦は灘五郷の酒蔵(剣菱、神戸酒心館、泉酒造)にも選ばれています。

これは、飲んで応援するしかなさそうです。

地産地消で神戸の地酒と旬を味わう、神戸酒心館・蔵の料亭 さかばやし

さっそく、六甲の水と神戸産山田錦を追いかけて、灘五郷にある「神戸酒心館」にやってきました。

ここは、酒蔵見学や食事が楽しめるお酒の複合施設です。

光と影で祈りを表現した神戸酒心館のモニュメント

ここで作られている日本酒「福寿 純米吟醸」は、青いボトルが印象的。

ノーベル賞の公式行事にも選ばれました。

さっそく神戸産山田錦を見つけた。精米歩合が視覚的に分かる

今日は同じ敷地内にある「蔵の料亭 さかばやし」で灘会席をいただきます。

エントランスの印象的なテーブルは、酒蔵で使っていた酒槽を再利用したもの

庭には小さな畑もあり、これは六甲の里山をイメージしているといいます。

古い酒蔵を利用して作られた店舗は、移築してきたもの。1995年にあった阪神・淡路大震災で木造酒蔵は全壊しました。

がれきの中から、使えそうな木材はなるべく取り出して再建。2年後の1997年12月に「神戸酒心館」として再オープンし、現在も館内の至る所でその歴史を伝えています。

灘会席の前菜盛り合わせ。1杯目はここでしか味わえない発泡濁りの生酒「純米にごり」をチョイス

一難去ってまた一難。パンデミックが世界中の動きを止めてしまいました。

「わたしが神戸酒心館に入社したのは2019年です。語学力を生かす仕事をしたくて、入社しました。当時はインバウンドが盛況で日本旅行へ来たついでに日本酒を知りたいと訪ねてくる外国のお客様が多く、おどろきました。そしてその翌年にはコロナ禍です。 いまはやっと、少しずつ外国のお客様も戻ってきましたが、まだ当時の2割程度です」

広報のメソレッラ・チンツィアさんはイタリア出身。3カ国語を使っての接客対応もしています。

コロナ禍で営業を制約されている間は、日本酒の知識やテイスティングの認定資格を取得しました。

食事に合わせたのは、やっぱり酒蔵だからこそ味わえる福寿の「生酒きき酒セット」
この日の旬魚はカンパチと太刀魚。淡泊な味わいの太刀魚は煎り酒で頂く

「地産地消」にこだわり、地元の旬野菜や地魚を、蔵でしか味わえないお酒と一緒に楽しんでいただきたいです。 会席料理のシメになる食事は一般的にごはんになりますが、さかばやしではここで毎日手打ちしている自家製そばも選んでいただけます。そば膳もおいしいと評判なんですよ。 このそばに、日本酒をかけて食べる〝酒そば〟もおすすめです。風味豊かなおそばを楽しんでいただけます」

つやつやとしたおそばに福寿の純米酒をたらり。おそばのツヤが一層増します。

まるで極上のほぐし水。何ともいえない背徳感が絶妙なスパイスです。

「実は就職するまで日本酒のことは何も分かりませんでした。でも、知っていくうちにどんどん日本酒の奥深さに惹かれ、いまでは天職だと思っています。 海外のお客様にこの魅力を、自分の言葉で伝えるのが楽しみです」

日本酒の魅力について目を輝かせて話してくれたメソレッラ・チンツィアさん

異国情緒あふれる神戸に、多国語の乾杯が響き合うまであともう少しです。

Information 神戸酒心館 蔵の料亭 さかばやし
住所 神戸市東灘区御影塚町1−8−17
電話番号 078-841-2612
営業時間 ︎11:30 – 21:00(昼、呑み、夜の部に分かれる)
定休日 ︎水曜日
公式サイト https://www.shushinkan.co.jp/

海の玄関口を見渡す、神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ

神戸の灘の酒をおいかける旅の締めくくりは、客室から海が見えるホテルにしました。

六甲アイランドにある「神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ」は、灘五郷のある魚崎から、六甲ライナーで3駅です。

六甲大橋を通って神戸港を渡る
駅直結でカートを引いていてもアクセスしやすい。日本酒のことばかり考えていたから、緑のオブジェが杉玉に見える
吹き抜けの空間が開放感のあるテラスレストラン「ガーデンカフェ」

世界75カ国に400軒以上のホテルを展開する世界的ホテルブランド「シェラトン」。開業は1992年、今年30周年を迎えました。

街並みを眺める高台を「山の手」というのなら、海から神戸のまちや六甲山を見渡せるここは「海の手」。

シェラトンでは地産地消を大切にしたおもてなしに取り組んでいます。

その取り組みのひとつがフードセレクトショップ「シェラトンマルシェ」です。

農家さんが直接納品にした地元野菜やフルーツを店頭に並べ、お客様と生産者をつなぎます。

奥にはサラダやスープをいただけるカフェコーナーも。

ここに「灘の酒」の文字がありました。酒粕を使ったシェラトンオリジナルのカップケーキです。

「お客様にとって、神戸での滞在が特別なものになって欲しいと考えています。地元野菜と同じように、灘の酒も神戸を語る上で欠かせないと考え、灘五郷酒造組合に相談しました。

酒粕を分けてもらうだけではなく、酒蔵の名前とロゴを掲載してお菓子を開発するのは、時間のかかる道のりでした。しかしおかげさまで、地元の灘五郷を知っていただける特別なスイーツが完成しました」

お話を聞かせてくれたのは、総支配人室室長で、野菜ソムリエの西橋悦さんです。

「灘の酒ケーキ」はホテルのパティシエが一つ一つ丁寧に焼き上げ、大量生産が出来ないことからここでしか販売していません。

「いただいた酒粕は色や香り、硬さもさまざまでした。そこで、パティシエは酒蔵の名前は伏せたまま、ひとつひとつの風合いを生かす素材の組合せを考えました。 酒粕は酒蔵さんに連絡をして直接受け取りに行きます。 酒蔵によっては酒粕がない時期もあり5種類揃わないこともあります。今日は5種類揃っていてよかったです」

灘の酒粕をつかったコンチュール(ジャム)もあった

ディナーは最上階のダイニングKOBE GRILLでいただきました。

神戸のまちと港が眼下に広がります。

フレンチのコースに、熱燗を特別にお願いして合わせてみました。

鮮魚のマリネによく合います。

和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、注目が集まった日本酒ですが、日本酒だって洋食に合うのです。

それを、異国情緒あふれる神戸でいただく。灘の酒を追いかけた旅は、ロマンチックに終えることができそうです。

Information

神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ

住所 神戸市東灘区向洋町中2-13
電話番号 078-857-7000
公式サイト https://www.sheraton-kobe.co.jp/
Information

フードセレクトショップ「シェラトンマルシェ」

住所 神戸市東灘区向洋町中2-13シェラトンスクエア2階
電話番号 078-857-7015
営業時間 9:00 – 19:30
公式サイト https://www.sheraton-kobe.co.jp/shop/marchais/
定休日 ︎なし

六甲山が寒暖の差を作り、うまい酒米を育み、水を磨きました。

山々から吹き下ろす冷たい風が、灘で行う酒の「寒造り」に適していたといいます。

それに加えて、この海が、江戸へ、そして世界へ日本酒を運び出します。

海外旅行先で灘の酒に出合う、なんてこともそう遠い未来ではなさそう。

「灘五郷で日本酒を飲んだことがあるよ」と言うために、神戸を訪れる必要がありそうです。

「灘の酒」ってなにがすごいの?【前編】は こちら

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