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2022.03.07

神戸の“コーヒー・ストリート” 栄町の個性派ショップ

神戸の“コーヒー・ストリート” 栄町の個性派ショップ

 元町通の南側、かつては港湾・貿易関係の会社が集まり、港町の活気を体現していた栄町。今もレトロなビルが数多く立ち並び、当時の残り香を伝える界隈が、大きく変わったのは2000年代に入ってから。点在するビルの中に小さな雑貨店が集う、おしゃれな“雑貨の街”として様変わりしました。

 そして2010年代、さらなる変化をもたらしたのが、コーヒーショップの急増。ロースターやカフェ、スタンドなど、多彩な店が個性を競い、いまや“コーヒーストリート”の趣に。開港以来、コーヒーと縁の深い神戸で、地元に根差して新たなコーヒーの魅力を発信する店へご案内します。

“コーヒー・ストリート”のパイオニア「VOICE of COFFEE」

元理容室の後を改装した店内。コンクリートと木材の質感を生かしたスタイリッシュなデザインは海外からも注目

 全国的に“コーヒー専門”を打ち出すカフェや、特に個人経営の小規模のロースターが増え始めたのは2010年ごろ。神戸で、この流れが顕著に表れたのが栄町です。当時、この辺りにオープンした店は、界隈にすっかり定着し、日常に欠かせない存在になっています。

 中でも、自家焙煎のコーヒーショップとして、いち早く栄町にオープンしたのが「VOICE of COFFEE」。「場所は栄町か元町周辺と決めていましたが、当時はコーヒー豆の販売をメインにする店は珍しかったですね」と振り返る店主の坂田恵司さんは、会社員から転身し、2013年に栄町4丁目で開店。2017年に一つ東の3丁目へ移転リニューアルした、界隈のコーヒーショップのパイオニアです。

 坂田さんが開店に至るきっかけとなったのは、会社員時代に初めて体験した、高品質でユニークな風味を持つスペシャルティコーヒー。まだ、その名称も一般に広まっていない頃、「それまでにない、突き抜けたおいしさ」に受けた衝撃の理由を探求するべく、東京の専門店で数々のセミナーに通い、ついには自分の店を持つまでに。店名には、素晴らしい珈琲の香味=“VOICE of COFFEE ”を、多くの人に届けたいとの思いが込められています。

コーヒー豆はブレンド100g700円~、シングルオリジン100g750円~
神戸の風景を描いた限定パッケージのコーヒーバッグはお土産にも好評

 ただ、「焙煎は方々で教わったものの、人それぞれで持論が全く違って。これだけは自分で感覚をつかむしかないと感じて」と、開店時に焙煎機を設置してから試行錯誤。しかも、「同じ機械を使っていても、日々の天気や風、湿度などで毎日変わる。安定して味を作るのは難しい」と、今もコーヒー豆の個性をいかに表現するかに腐心しています。

 カウンターにずらりと並ぶ豆は、すべてスペシャルティコーヒーのシングルオリジン(単一銘柄)が約8~10種に、定番のブレンドが3種。近年はコーヒーの個性的な酸味を生かす浅煎りが主流だが、「極端な浅煎り、深煎りはなく、飲みやすさを重視しています」と坂田さん。関西の嗜好なのか、中深~深煎りが好まれる。

 一方でユニークなのは、時季ごとに配合が変わるオリジナルブレンド。「うちの場合はシングルオリジンありきのブレンド。豆は少量ずつ仕入れ、3カ月ほどで入れ替わっていくので都度、組み合わせが変わるんです。味を変えずに、使う銘柄を変えるので同じ味を作るのが難しいんですが、配合は無限にあるので理想を求めていきたい」。逆に言えば、常に新鮮な豆の風味が楽しめるということ。3種のブレンドの味わいの表現を、飲み比べてみるのも一興です。

テイクアウトのドリップコーヒー450円。豆を購入すると220円の試飲価格に

 また、試飲も兼ねて、ハンドドリップのコーヒーをテイクアウトで提供。お好みの銘柄を選べるので、豆選びに悩んだら、実際に飲んでみるのがおすすめです。元理容室をリノベートした店内には、試飲スペースを併設。コンクリート打ちっ放しのクールなデザインは、海外メディアでも多数取り上げられ、外国人の観光客が訪れることもしばしば。街歩きの途中の息抜きに、多彩なコーヒーのみならずアーティスティックな空間も、ぜひ味わいたい魅力の一つです。

焙煎機は、火が直に生豆にあたる直火式5㎏を使用。空間にアクセントを加える壁の黒い正方形は、銀塗装が酸化変色したもの
環境循環型社会への取り組みとして、使用後は不要なゴミとなってしまう珈琲豆の袋を減らす目的で繰り返し使用でき、
豆の保存用キャニスターとしても使えるリユースパッケージを提案、利用者が増えている。密閉構造で長期保存が可能
information VOICE of COFFEE
住所:神戸市中央区栄町通3-1-17-1F
電話番号:078-954-6226
営業時間:11:00〜19:00
定休日:水曜

“社会とつながるコーヒー”を発信「ROUND POINT CAFE」

細い路地にありながら、店内は2フロアでゆったりした空間

 「VOICE of COFFEE」の開店から半年、続いて登場したのが「ROUND POINT CAFE」。「栄町は住居とオフィスが混在していて生活感があり、小さなテナントが多いので、個人で店を始めやすいエリア」と話すのは、地元出身の店主・梅谷周平さん。学生時代から「将来、アフリカの支援に関わりたい」と考え、4年の会社員生活を経て、語学を学ぶために1年間フランスへ。帰国後、自店をオープンしたユニークな経歴の持ち主です。

豆の銘柄にはパプアニューギニアやルワンダ、ドミニカなど珍しい産地の名も。
梅谷さん自ら執筆・編集した『THE COFFEE TIMES』。各豆の特徴から産地の現状まで読み応えあり

 「コーヒーの生産地には内紛や貧困に悩む国も数多く、それぞれの豆に異なる背景やストーリーがあります。途上国支援というと大げさに構えがちですが、日常生活の中でコーヒーを買ったり、飲んだりすることも一つの国際貢献だと感じていただけるような取組みを進めていきたい。日々の消費行動が何かに繋がっているということや、生産国のことを考えるきっかけにできれば」と梅谷さん。

 そのために、開店前には老舗喫茶で焙煎を学び、産地の支援につながる豆を自ら吟味して自家焙煎。さらに、3年前に豆を自店で直輸入するための新事業を立ち上げ、2021年からコンゴ民主共和国のコーヒーの輸入・提供も始めました。

 「産地としてあまり知られていませんが、質の高いコーヒーを作っていることに驚きました。豆を扱うだけでなく、直接、生産者とコミュニケーションできることを生かして、店と産地のつながりを実感できる仕組みを考えています」。

エスプレッソの抽出にはクラシカルなレバー式マシンを使用
店で直輸入を始めた、最初の銘柄となったコンゴのコーヒー豆

 とはいえ、「まずコーヒー豆の品質が大事。おいしくなければ支援も続かないので」と梅谷さん。コーヒーも農産物の一つであり、栽培環境への配慮やサステナブルな生産プロセスなど、産地のトレーサビリティーを重視。“作り手の顔が見える”約10種のコーヒーは、風味も多彩な個性派ぞろいです。抽出もハンドドリップにエスプレッソマシン、エアロプレスと3種の器具で、バラエティに富んだ味わいが楽しめます。

スペイン版のカフェラテ・コルタド。エスプレッソはWショットでしっかり聞いた苦味が海外のお客に人気
フランスの朝食の定番ウフ ア ラ コック(半熟ゆで卵&トースト)300円。専用器具で卵の殻を割り、
トーストにディップするのが現地流。ハンドドリップのホットコーヒーS380円~

 一方で、「街のコーヒー屋として、使い勝手の良い店にして、いろんな人に来てもらえるようにしたい」と、開店当時としてはいち早くWi-Fiや電源を備え、2階フロアはイベントやアート作品の展示などの貸し切りも可能に。さらに界隈では数少ない早朝7時オープンで、出勤前のお客や観光客にも重宝されています。さらに英語の情報誌にも紹介され、梅谷さんが英・仏語が対応できるとあって、開店当初から外国人のお客も少なくない。

 「海外のお客さんにとっては、カウンターで一言二言、会話できるのが嬉しく感じるようで。誰もが程よく話せる距離感があって、間口が広いのが神戸の土地柄の一つかなと思います」と梅谷さん。国内外を問わず、80代から学生まで世代も幅広いお客が集まるのは、ひとえに梅谷さんの穏やかな人柄と、大らかな店の空気があってこそです。

イベントや展覧会などにも使われる2階フロアは、明るくすがすがしい雰囲気
壁の地図に刺さったピンは、海外からのお客の出身国を表す

 近年は、豆かすのコンポスト(肥料)活用やリユースカップの推奨など、日常的に社会貢献できる活動を広げている「ROUND POINT CAFE」。「コーヒーを通じた様々な活動を地元に還元して、“神戸のコーヒーってエコだね”と言われるような活動をしていきたい」という梅谷さん。コーヒーと縁が深い神戸から、“世界や社会とつながるコーヒー”を発信し続ける新機軸の一軒です。

「今後は他店とも連携して広めたい」という、デポジット式のリユースカップ
information ROUND POINT CAFE
住所:神戸市中央区栄町通4-2-7
電話番号:078-599-9474
営業時間:7:00~21:00、土日祝10:00〜 
定休日:月曜

コーヒーを通じて新たな“神戸らしさ”を発信「Lima Coffee」

かつて銀行だった重厚な建築は細部の意匠にも注目

 栄町界隈で新たなコーヒーショップの先駆けとして、「ROUND POINT CAFE」と同年にオープンしたのが「Lima Coffee」。「アンティークやヴィンテージなど歴史を感じるものが好きで。港町とゆかり深い建物が多く残っていて、かつ新しいカルチャーが生まれる場所として、栄町に魅力を感じていました」という店主・橋本潤也さん。幼馴染と一緒に立ち上げた店は、わずか4坪の空間に焙煎機とカウンターを詰め込んだ、ロースター&スタンドとして始まりました。

 兄がインドネシアで仕事をしている縁で、現地との貿易も手がけている橋本さん。自ら産地を訪れて仕入れる看板銘柄、インドネシア・マンデリンをはじめ、多彩な産地のコーヒー豆を揃え、スタンドでは珍しいサイフォンで新鮮な風味を提供。「Lima」とは、インドネシア語で「5」の意味。コーヒーの味を作る甘・苦・酸・香り・コクの5つの要素を表し、「人の五感を刺激するコーヒーで、暮らしを楽しく」との思いが込められています。

 ユニークなスタイルで支持を得て、開店3年で香川に姉妹店を出店するまでに。地元密着の小さな店は、コーヒーを通じて人との縁を広げ、4坪には収まりきらないほどに存在感を増していきました。

店の入り口付近は気軽なスタンドの趣。所々に元の建物の“肌触り”を残している
奥のカフェスペースは、照明を抑えた隠れ家的な雰囲気で、ゆったりくつろげる

 その後、 2020年に現在の場所に移転リニューアル。「香川に広いお店を作ったことで、創業の地である栄町の店を大きくしたいという思いはずっとあって」と橋本さん。やるならば神戸らしい歴史ある空間でと考えていた時に、今の建物に出合い一目ぼれ。元銀行のモダンな外観、壁や意匠の一部を残してリノベートした空間には、アンティークの家具や調度を合わせて、入口すぐはカジュアルなスタンドに。さらに奥には、移転前にはなかったカフェスペースも新たに設置。レトロな建築に今様のセンスを取り入れた、ユニークな空間へと生まれ変わりました。

手軽なドリップバッグも人気。「街をアピールする一助に」と、この春に新たに神戸限定パッケージをリリース予定
定番のリマブレンドのほか、10種以上のシングルオリジンは同じ産地でも農園が頻繁に入れ替わる。
移転を機に、新たにエスプレッソ専用のブレンド3種を日替りで提案

 “本店”としてふさわしい新天地を得て、心機一転のスタートを切った新生「Lima Coffee」。カフェスペースが広がったことで、コーヒーのお供になるメニューも充実。ご近所の人気店「加集製菓店」に特注する「カヌレ・ド・リマ」や、ドイツのマイスター資格を持つ職人が手掛けるバウムクーヘンなど、地元の店とコラボしたオリジナルメニューは新たな店の名物に。華美なスイーツではなく、あえてクラシックな洋菓子を揃えたのも、歴史を愛する橋本さんのこだわり。

 「店や人のつながりが密なのが神戸の土地柄。そこから従来の神戸の魅力と一味違うカルチャーを作っていきたい」と、今もコラボメニューや新提案のアイデアが進行中です。

希少な手作り黒糖を使った今帰仁黒糖ラテM 600円(テイクアウト550円)。底に沈んだ黒糖の粒を噛むと、
香ばしい苦味とコクのある甘味が溶け合う。カヌレ・ド・リマ380円。濃厚な甘みとラムの香りが相まった芳醇な後味が印象的
リマブレンドS500円・L550円。マイスターお手製のバウムクーヘン10g100円~の量り売り(写真は50g)。
口どけの良い生地は甘さ控えめの質実な味わい。ハードな食感とシナモンの芳香が後を引く、スペクラチウスクッキー200円

 栄町は旧居留地・南京町・ハーバーランドといった程よい距離感があり、「新たな場所、空間を得たことで、市内の人の流れをつなぐハブ的な存在として、もっと幅広いお客さんが店に集まるようにしたい」と橋本さん。地元の常連に交じって観光客が出入りする店内は、開港以来、様々な人々が行き交った港町らしい雰囲気を醸し出す。神戸の歴史を刻んだ空間は、界隈の新たな拠り所となって、さらなるコーヒーの縁が広がっていきそうです。

2年前から販売を始めた多肉植物「アガベ」も、インテリアのアクセントに
店の最奥に併設した焙煎室には、各国から届く生豆がそこここに
information Lima Coffee
住所:神戸市中央区栄町通3-2-6
電話番号:078-335-6308 
営業時間:9:00〜18:00 
定休日:水曜
今もレトロなビルが数多く残る、栄町のメインストリート・乙仲通

 ところで、実は遡ると栄町は、かつて海運貨物取扱業者が軒を連ね、近隣に多くの喫茶店がひしめいていました。界隈には、戦前に定期船貨物の取次をする「乙種海運仲立業」として集約された港湾労働者、略して「乙仲」と呼ばれる人々が集まり、栄町を東西に貫く乙仲通の由来となっています。乙仲は、毎朝、各会社に集合する前に好みの喫茶店でコーヒーやモーニングを頼むのがお決まりで、大挙して集まるため開店前から行列ができるのは日常茶飯事。乙仲はそれぞれ所属業者の札を持ち、伝票は後でまとめて会社に届けられたとか。会社への出前も頻繁にあり、喫茶店は欠かせない存在でした。

 そんな栄町が、奇しくも“コーヒー・ストリート”と呼べるエリアになったのも不思議な縁を感じます。かつての港町の面影と新たなカルチャーが入り混じる界隈に、相次いで登場したコーヒーショップは、今また多くの人々の新たな拠り所として定着。コーヒー片手に、港町の時代の流れを感じてみてはいかがでしょうか。


【文】田中慶一
神戸の編集プロダクションを経て、フリーランスの編集・文筆・校正業。関西の食を中心に情報誌などの企画・編集を手掛ける。また、学生時代からのコーヒー好きが高じて、01年から珈琲と喫茶にまつわる小冊子『甘苦一滴』を独自に発行するなど専門分野を開拓。全国各地で訪れた店は約1000軒超。2013年より、神戸市の街歩きツアー「おとな旅・神戸」でも案内人を務め、2017年には、『神戸とコーヒー 港からはじまる物語』(神戸新聞総合出版センター)の制作を全面担当。
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