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8か国語を操る、第31回神戸ルミナリエの制作ディレクター・ダニエルさんって何者?

阪神・淡路大震災で犠牲になった方への鎮魂と、震災の記憶を未来に語りつぐ「神戸ルミナリエ」。31回目となる今年は、1月30日(金)~2月8日(日)まで開催されます。

ご存じの方も多いと思いますが、ルミナリエはイタリアに起源を持ち、神戸ルミナリエも毎年イタリアから職人が来日して設営しています。

そして、そのデザインを考えるのは、制作ディレクターのダニエル・モンテベルデさんです。

ダニエルさんは建築家・デザイナーであるだけではなく、

・8か国語を流暢に話せる(日本語も)

・若い頃にヨーロッパから日本まで2年間の旅

・作家活動をしている

・コピーライターとして受賞歴あり

などと、めちゃくちゃマルチに活動しているんです。まるで現代のダ・ヴィンチじゃないですか!? そのダニエルさんに、今年の神戸ルミナリエの見どころをお聞きしました。

鑑賞後、食事などがお得になるクーポンキャンペーンのお知らせもあるので、ぜひ最後までお読みください。


今年のデザインのポイントは?

神戸ルミナリエの開催場所は去年と同じく、メリケンパーク、東遊園地、旧居留地などに分散されます。今年の全体のテーマは「神戸の鼓動、光の物語」です。

中でも、有料エリアであるメリケンパークの作品タイトルは「海を臨む宮殿」

震災から30年以上が過ぎ、犠牲になった方々への鎮魂はもちろん、過去の経験を未来につなげていく役割も担っている神戸ルミナリエ。海を臨む「窓」が、未来へと開かれた様子をイメージしています。

ダニエルさんが指さすこの部分、ちょっと立体的に出っ張っているのがわかりますか? こんなふうに壁を3Dにするのは初めてなんだそうです。

そして3D部分からは、ベルのようなオブジェが吊り下がっています。ツリガネソウのようで可愛らしいですね。このベルのパーツ、心なしか周りの部分よりも、白さが際立っていると思いませんか?

ルミナリエの骨組みは小さなパーツを組み合わせて作られています。一度作ったパーツは何年も使うので、イタリアの倉庫に保管して毎年使うそうです。

本場イタリアではルミナリエは夏の行事なので、冬に神戸で使うパーツを選んで船でイタリアから運んできます。でも、3Dモチーフにベルを吊り下げるデザインは初めてなので、ベル部分だけは今年作ったのだそう。

他に比べて白いのは、真新しいからなんですね。神戸ルミナリエの歴史と、時代に合わせたアップグレードの両方が感じられた瞬間でした。

1つ1つは手で持てるくらいのパーツを合わせ、巨大な壁を作ります

設営初期に、強風で作品の一部が倒れるハプニングがあり、職人のみなさんの作業は例年よりも長時間に及びましたが無事復旧。そんな中でも、笑顔を見せながら対応してくれたみなさんに感謝です。

1つ上の写真のパーツを上下に合わせると「雲」のイメージ

デザインはどうやって考えるの?

みなさんは、去年のメリケンパークの作品がどんなデザインだったのか覚えていますか? こんな感じで、今年のデザインとは印象が全く違います。

神戸ルミナリエは毎年デザインが大きく変わるのも魅力の一つですが、どうやって考えるのでしょうか。

ダニエルさんに聞くと、最初は手描きのスケッチから始まります。考えたイメージが技術的に可能かなど、イタリアの工房と相談しながらデザインを固めていきます。

ちなみに全体のテーマ(今年は「神戸の鼓動、光の物語」)も、ダニエルさんが考えているんですよ。デザイン(ビジュアル)やテーマ(言葉)はどうやって思いつくのかと聞くと、「言葉にするのは難しい」としながらも、「インスピレーションが降りてくる」のだと教えてくれました。

でもそれは、いきなりパッと思いつくのではなくて、自分の中に蓄積された過去の回や「神戸」「海」「震災から〇年」などのキーワード、そういったものを何日も何日も、寝る前やお風呂でもずーっと考えて考えて煮詰めた結果、インスピレーションとなるのだそうです。

ザ・クリエイター、という感じですね……!

「現代のダ・ヴィンチ」の半生は

今、サラッと「デザインとテーマを考える」と書きましたが、一般的な事業では、テーマはコピーライターが、デザインは建築家が担当するもの。ダニエルさんは両方を担うのですから驚きです。

そんなダニエルさんはどんな人生を歩んで、今のような活躍をするようになったのか気になって、これまでを聞いてみました。

ダニエルさんは1951年生まれ。メディアでは「イタリア人」と報じられますが、生まれたのはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスです。

その背景は、祖父がイタリアからアルゼンチンに移住したことにありました。当時、子ども(ダニエルさんの両親)は小さかったので、彼らは自然とアルゼンチンの公用語、スペイン語を話すようになります。

つまりダニエルさんの母語は、イタリア語ではなくスペイン語。ということはイタリア国籍を持っているとはいえ、自身のアイデンティティは「イタリア人」よりも「アルゼンチン人」なのかなと思って聞くと、 

「特定の国へのアイデンティティはないです。アルゼンチンにいた22歳までは『アルゼンチン人だ』いう意識がありましたが、その後、世界中を旅するうちにだんだん薄くなってきました」

広い視野を身につけるうちに、自然と「〇〇人」という属性を脱いでいったのでしょう。究極の国際人、コスモポリタンですね。

「現代のダ・ヴィンチ」の片鱗は子どもの頃からあったようで、小学校1年生の時点で「4年生のクラスに行ってください」と言われるほどだったそう。

いわゆる「飛び級」で、大学の工学部に入ったのが15歳だったとか! 精神的な成熟も早く、「自分はどこか、周りの子どもたちとは違うと感じていた」と振り返ります。

あらゆることに対して「なぜ?」と疑問を抱いたダニエルさん。でも、それを大人に聞いても「そういうルールだから」など、納得いく答えが返ってきません。

「誰も自分を理解してくれないし、誰に聞いても答えが出ないから、答えを求めるように15歳から旅を始めました」

当時ほとんど知られていなかったヒッチハイクをしたり、誰もいない山の中で服や靴を脱いだりと、旅の中で常識から自由になっていく感覚を味わったそうです。

22歳で大学の博士号を取得し、ドイツで働き始めました。その数年後には、さらなる自由を求めてヨーロッパからアジアへ旅に出ます。

車での旅だったそうです(イメージ写真:sola_tabi)

工学が専門のダニエルさんはその頃、文学や歴史やアート、哲学や宗教など人文系の知見がないことを自覚し、自分を「半分の人間だ」と思ったといいます。そこで、旅をしながらそうした分野の本を読み漁りました。

感覚が磨かれる旅の中で知識をインプットしたからこそ、後のマルチな活躍につながっているのかもしれませんね。

約2年を経て、1978年に日本に着きました。初めはすぐ出国するつもりだったそうですが、そのまま日本に暮らすことにしたのはなぜでしょうか?

「(旅を長く続けてきて)疲れたのが一つ。もう一つは、社会の中に入って意味のある仕事をしたかったんです」

時代的にも、日本とダニエルさんの故郷である南米をつなぐ建築・工学系の仕事のオファーがたくさんあったため、日本で働くことになりました。

そこから約半世紀。74歳の今も、東京を拠点に世界中で活動しています。

ダニエル流・外国語の覚え方

ダニエルさんが流暢に話せる8ヵ国語とは、スペイン語(母語)、イタリア語、英語、ドイツ語、フランス語、ポルトガル語、日本語、インドネシア語です。

いくら「アルゼンチン生まれのイタリア人」としてバイリンガルな環境で育ったとはいえ、驚きを禁じ得ません。

そこでダニエルさんに、外国語を学ぶときのポイントをお聞きすると、「アルファベット表記の言語は、意味がわからなくても、まず文字のビジュアルと音を先に固定します」とのこと。

英語やドイツ語、フランス語などは、多少の違いはあっても基本的にはアルファベット表記ですものね。だからこそ、まったく系統の異なる日本語は一番難しかったと語ります。

そして、大事なのは「性格」なんだそうです。

「間違ったら恥ずかしいという気持ちがあったら、言葉はうまくなりません。気にしないで喋れる性格の人が、言葉を覚えるのは早い。でも人間は正しく話したいと思うもの。『正確』に話そうとしてしまうんです」

日本語が一番難しかったと言いながら、同音異義語まで入れ込んできます。

全方位で活躍するダニエルさんとは、さすがに生まれ持った頭脳の構造が違い過ぎる気がしますが……これを聞いて「これからも海外では、自信を持って中1英語を使っていこう!」と思えました。

神戸ルミナリエへの思い

ダニエルさんが初めて神戸ルミナリエに関わったのは1998年。当初はアドバイザーとしての参加で、初めて責任者である制作ディレクターを務めたのは2011年でした。

「責任者として神戸のためにベストを尽くしたいと心を込めてデザインしました。でも初めてで不安もあったから、点灯の瞬間に電球の光でみなさんの顔が明るくなるのを見たときは、鳥肌が立ちました」

神戸ルミナリエを見に来た人々がガレリア(光の回廊)を埋め尽くす様子を、ダニエルさんは「人間の川」と表現しました。

「その幸せな顔を見て感謝しかないというか。見に来た人たち心が私の魂に入ったような感覚になりました」

仕事だけでなく、ダニエルさんはすべてにおいて「心」を大事にします。取材中も何度も、心や精神という言葉を口にしていました。

そんなダニエルさんは毎年、神戸ルミナリエの設営作業を始める前に東遊園地の「慰霊と復興のモニュメント」に職人全員を連れて訪れ、ここで何があったか説明し、黙祷を捧げてから作業に入るそうです。

慰霊と復興のモニュメント

たとえ経験していなくても、風化させてはいけないという「心」によって、震災の記憶は未来に継承されていくのですね。

アドバイザー時代から神戸ルミナリエを見てきたダニエルさんに、約30年で変わったことはあるかと聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

「神戸ルミナリエを見上げる人の顔を見て、お年寄りが増えたなと感じました。でもルミナリエは世界でもなかなか見られるものではないので、ぜひたくさんの人に訪れてほしいです」

震災経験者の高齢化は確実に進んでいます。だからこそ、その記憶を未来へつなぐためにも、神戸ルミナリエが「続くこと」が大切なんだと改めて感じる言葉でした。

神戸をお得に!クーポンキャンペーン

鑑賞した後は、ぜひちょっとお得な神戸の夜を過ごして帰ってくださいね。今年も「神戸ルミナリエクーポンキャンペーン」が始まっています。

有料エリアの特別鑑賞券や、有料エリア入場時、もしくは募金時に配布する「Thank youカード」に印刷されたクーポンロゴを参加店舗で提示すると、「ワンドリンク無料」や「100円OFF」など、特典や割引が受けられます(特典内容は店舗によって異なります)。

Thank youカード(左:表面、右:裏面)

開催期間の前後も神戸を楽しんでほしいという思いから、2月15日(日)まで実施しています。

ダニエルさんが好きな「神戸の夜の過ごし方」は、ハーバーランドのmosaic(モザイク)から海を眺めることだそうです。

mosaicの店舗もいくつかキャンペーンに参加していますので、詳細や参加店舗は、記事末尾のInformationでご確認くださいね。

今年も神戸ルミナリエを訪れる一人一人が、神戸や震災、そして世界の平和に思いを寄せ、この光がずっと続いていきますように。

INFORMATIONインフォメーション

神戸ルミナリエ

https://kobe-luminarie.jp/

神戸ルミナリエクーポンキャンペーン

https://kobe-luminarie.jp/collaborations/1296/

クーポンキャンペーンの参加店舗

https://kobe-luminarie.stroly.com/

【ライタープロフィール】
合楽 仁美(ごうらく ひとみ)
神戸出身&在住のライター。経済メディアNewsPicksなどで活動。
2025年3月まで神戸市公式noteのライターを務めた。
お酒は弱いが酒場の雰囲気が好きで、数年前からバー巡りに凝っている。
縁側があって海の見える家に住むのが夢。