2021.03.26
- ライフスタイル
Life Style in KOBE 神戸的ライフスタイル・インタビュー / 料理研究家 濱田 美里さん

神戸からオンラインで全国へ。
地方のお取り寄せ食材×レシピで展開する
料理教室が大好評。
料理研究家・国際中医師・国際中医薬膳師
濱田 美里さん
この街に住まう人々の暮らし・仕事・想いを紐解いてみると、今の神戸が見えてくる。
今回は、東京から神戸に移住して4年目。
独自の発想で全国に向けてオンライン料理教室を展開する料理研究家・濱田美里さんに神戸ぐらしの魅力、そして彼女のユニークなキャリアについて伺いました。
- この街の食文化の高さが何より魅力的。もうそれだけで大満足。
- 東京ではシンプルでマニッシュな雰囲気が好まれる。神戸では華やかに”盛らないと”価値を感じていただけない。
- 取り寄せ食材×レシピの講座は、旅気分が味わえて、生産者さんを応援することもできる。
- 置かれた場所で何とか生きて行こうという”バックパッカー魂”は今も健在?!
この街の食文化の高さが何より魅力的。もうそれだけで大満足。

――東京から神戸に移ってこられてどのぐらいになられますか。
神戸に引っ越してきたのは2017年ですので4年になります。2016年に家族が神戸に転勤になったことがきっかけなんです。最初の1年間は単身赴任だったのですが、その間も月に1度は神戸に来ていました。そうやって何度も訪れるうちに神戸で暮らせそう、暮らしてみたい、と思うようになりました。ちょうどその頃、料理スタジオとして借りられる物件が見つかり、そのタイミングで神戸に移ってきました。
――神戸のどんなところが好印象でしたか。
私は広島の出身なので、同じ瀬戸内の風土を持つ神戸はとても馴染みやすかったこともあります。ただこの街への予備知識はまったくなく、”パンとお菓子がおいしい”というぐらいのイメージしかありませんでした。とはいえ、私は基本的に「食」に最大の関心があるので、この街の食文化の高さは非常に魅力的でした。海と山がすぐ側にあるので市場の食材がとても新鮮。レストランや洋菓子のレベルが非常に高い。もうそれだけで大満足です笑。また、住まいに関しても、以前は東京の都心暮らしでしたから、六甲山の自然に近い環境や、住宅のコスパについても神戸の方が理想的だと思いました。
――神戸の食の魅力とは。
いつも食材を買出しに行く水道筋商店街は大好きな場所です。特に八百屋さんや肉屋さんなどの専門店で買い物をするのが楽しいですね。パンや洋菓子はどこもおいしいので、正直、選べないです…笑。あと、神戸で驚かされたのが中国料理のレベルの高さ。東京の中国料理とはルーツが違って、素材の持ち味を活かす広東料理は瀬戸内の魚介とも相性が良く、広島で新鮮な魚を食べて育った私にとっては、素直においしいなあと思える味。私自身の料理にも大きな影響を与えてくれていると思います。中国料理や韓国料理は神戸に来てからよく作るようになったんですよ。
――東京から神戸に来られる際、お仕事の調整が大変だったのでは。
それが一番悩んだ部分でしたね。ただ、最終的に神戸に住もうと決めたら、もう迷いませんでした。だから神戸に来てすぐに料理教室を始めました。知り合いもほとんど居ませんでしたから、やはり最初はなかなか人を集めるのが難しくて…正直、苦心しました。
東京ではシンプルでマニッシュな雰囲気が好まれる。
神戸では華やかに”盛らないと”価値を感じていただけない。

――教室をするうえで、東京と神戸ではどんなことが違いましたか。
まずターゲットが全く違います。私は現在、基本的に平日の昼間のみ教室を開催していますが、東京だとこうした時間帯に来る方はフリーランスのライターさんなど、時間が自由になる働く女性たちや男性も多かったんです。ところが神戸の場合は、ほとんどが主婦の方々なんです。私はこれまでそうした方々ばかりの教室はしたことがなかったので、当初はすごく戸惑いました。ちょっとした外出にもきちんと髪を巻いてメイクをして…そんな美しさを大切にする文化も私にとっては新鮮な驚きがありました。
そんな体験から、同じメニューを教えるにしても、見せ方や切り口を変えなければ通用しないと痛感しました。主婦の方々は自分のためだけではなく、家族のために日々料理を作られるので、そうした観点からも見直す必要がありました。東京では、「先生、久しぶりに包丁握りました〜!」という生徒さんも多かったので、全く対照的です。
――具体的にはどんな工夫をされましたか。
「家族に喜ばれること」を念頭に置いたメニュー構成、そして何よりも華やかさが必要です。これが”普通”という感覚が違う。東京ではシンプルでマニッシュな雰囲気が好まれていたのですが、神戸ではそれでは「淋しい」と言われてしまいます。テーブルコーディネートも、お花も、料理も、色数をたくさん使って”盛らないと”価値を感じていただけないのだなと…。基本的にはエレガントで女性らしい雰囲気が好きな方が多いと思いますね。とても勉強になりました。今では私が東京で仕事をする時、逆に「ちょっと地味なんじゃない?」と思ってしまうこともあるぐらいです笑。
――どうやって教室に生徒さんを集めたのですか。
始めてから3ヶ月ぐらいの間はいろいろ手を替え品を替え、試行錯誤していたのですが、1回いらして気に入ってくださるとすぐにお友達を3人、5人とたくさん連れてきてくださるようになりました。街がコンパクトだから、口コミの力はすごいですね。みなさん華やかで明るい方が多く、ご自身がいいと思ったものをどんどん人に伝えてくださるんです。食べる事に対しても、単に高級品が良い〜というわけではなく、真のコスパを考えて選んでおられるように思います。その目はものすごくシビアで、だからこそ神戸には厳選された良いお店が多いのだと思います。
取り寄せ食材×レシピの講座は、旅気分が味わえて、生産者さんを応援することもできる。

――コロナ下の昨今では教室はどうされているのですか。
対面授業をあきらめて、すっぱりとオンラインに切り替えました。すると神戸を越えて徐々に全国に生徒さんも広がってきたので、オンラインならではのメリットを活かした授業を行っています。その中でもお取り寄せ地域食材×レシピのシリーズはたいへん好評で、例えば明石の老舗の麹屋さんの麹で味噌を作ったり、実家のある広島のエビと長田のアミの塩辛を使って韓国料理のキムチやカンジャンセウを、またクリスマスには丹波の黒鳥でローストチキンを作ったりもしました。学ぶ生徒さんにも同じ食材が届いて、同じレシピを再現していただけますので、ちょっとした旅気分が味わっていただけますし、生産者さんを応援することもできると思います。 その他にもYouTubeの公式チャンネルで動画レッスンを無料で配信して、さまざまな料理のアイデアやレシピを紹介しています。
置かれた場所で何とか生きて行こうという”バックパッカー魂”は今も健在?!

――ところで、お召し物はいつも着物ですか。
そうですね。今では着物も私のアイデンティティのひとつです。着物を着るようになったのは20代のころから。当時は大学を卒業してすぐ、無謀にもいきなり料理の仕事を自分で始めてしまったので、何とかして人の印象に残るようにしたいという一心で笑…。実は大学の時は音楽や舞台をやりたいと志していたのですが、その表現方法として料理を選んだんですね。料理は目と耳だけでなく五感で体感できるじゃないですか。レストランを借り切って、2時間ぐらいのショー仕立てで料理を作って食べていただくというようなイベントをやっていたんです。それを調子にのってそのまま卒業後も続けようと考えていたんですね。でも世の中そんなに甘くないでしょう笑。
――では、どうやって料理研究家に?
雑誌で一人暮らしのレシピの連載をいただいたことで、何とか光が見えてきました。一人暮らしのキッチンでもできる、炊飯器を使ったレシピをどんどん提案していったんですね。そしたらその連載が面白いということで編集者さんが1冊の本にまとめましょうかということになって。『簡単!びっくり!炊飯器クッキング』(主婦と生活者)は、10万部のヒット作となって、そこから仕事としてようやく成り立つようになりました。
――その後、中医学も学ばれたんですよね。
本が売れて印税が入ってきたので、それを何か後に役立つことに使いたいなと思ったんです。アイデアものレシピは長くは続かないと思っていたので。私は大学のころにバックパッカーをしながら世界のいろんな国を旅したのですが、その時に体調が悪くなって、それを地元の方が庭先にある草を摘んで薬にして治してくださったことがあったんですね。それで漢方にもすごく興味が湧いて、いつか体系だてて学びたいと思っていました。そこで印税が入るやいなや、東京にある北京中医薬大学日本校に入学し、生薬の使い方や、体調に合わせて食べ物を選んだりする薬膳や中医師としての知識を学びました。
――料理、着物、そして元バックパッカーに中医師と多彩な顔をお持ちですね。
着物を着ていることが多いので誤解されがちですが、とにかく置かれた場所で何とか生きて行こうという行動力とバイタリティーはある方だと思います。バックパッカーの経験が影響しているかもしれません笑。大手の企業でOLといった経験もありませんので、そんな自由人の私を懐深く受け入れてくれる神戸という街は、本当に居心地がよく、有り難い場所だと思いますね。

はまだ みさと
1977年広島県生まれ。神戸市在住。大学在学中より世界中を旅し、世界の郷土料理に触れたことから、日本の郷土料理にも興味を持つ。そのかたわら、料理をパフォーマンスとして表現するイベントをプロデュースするようになる。卒業後は雑誌に一人暮らし向けの料理を連載。2003年に『簡単!びっくり!炊飯器クッキング』(主婦と生活者)を出版し、10万部のヒットとなる。その一方で、漢方薬で体調不良を克服した経験から中医薬に興味を持ち、2008年北京中医薬大学日本校に学び、国際中医薬膳師、国際中医師A級の資格を取得。その後、東京で少人数の料理教室を開催。NHK『きょうの料理』等のメディア出演、料理本出版などで活躍する。2017年に神戸市六甲に移住し、オフィス兼スタジオを構えて料理教室を開催。2020年度からは従来の活動に加えてオンライン講座をスタートし、全国にその活動の輪を広げている。
【文】中山阿津子(編集者 / クリエイティブディレククター / フードスタディリサーチャー)
六甲山の麓で生まれる。中・高時代を王子公園、大学時代を岡本近辺で過ごし広告制作会社のコピーライターに。独立後、米国サンフランシスコでライターとして活動。帰国後、北野で編集・制作会社を運営。現在はフリー編集者、クリエイティブディレクターとして神戸をテーマとした観光情報誌・食情報誌・レシピブック・動画などの企画・編集を手掛ける。また近年は持続可能な食・文化・社会を研究するフードスタディリサーチャーとしても活動。
【撮影協力】マザームーンカフェ 新神戸店