COLUMN

2021.03.24

“コーヒータウン” 神戸の歴史が詰まった、地元で愛される喫茶店

“コーヒータウン” 神戸の歴史が詰まった、地元で愛される喫茶店

およそ150年前の開港とともに、いち早く西洋文化を受け入れてきた神戸。この街から広がった、舶来の新たなもの・ことの数々の中に、コーヒーがあります。明治時代からコーヒー豆の輸入が始まった神戸では、全国でもいち早く提供する店が登場しました。また、多くのコーヒー焙煎業者が街に根づき、街を歩けば「~珈琲」といった看板をよく目にします。開港以来、食文化の一つとして、また地場産業として縁が深いコーヒー。そんな、”コーヒータウン”神戸の歴史をひもときながら、今も独自の喫茶文化を発信する喫茶店の魅力をご紹介します。

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日本で初めて提供されたコーヒーを復刻「放香堂加琲」

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元町商店街にある店舗の外観

神戸が開港した明治時代から、すでに輸入が始まっていたコーヒー。昭和初期から平成の初めまで輸入量は全国一を誇った神戸港は、まさに日本の”コーヒー・ポート”と呼べる存在です。ここに最初にもたらされたコーヒーは、意外にもインド産でした。最初の貿易国・イギリスが、当時の東インド会社、すなわち英領インドからやってきたようです。それを今に伝えているのが、元町の老舗茶舗「放香堂」です。

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店内の壁に掲げられた絵からは明治当時の営業の様子がうかがえる

「放香堂」では、開店時から「宇治製銘茶」と並んで「印度産加琲」の看板を掲げ、明治11年の新聞に広告を出し、「焦製飲料コフィー」と銘打って売り出しました。これが、”日本で初めてコーヒーを提供した店”の現存最古の記録であり、歴史の教科書にも紹介されています。さらに豆の焙煎までしていたそうですから、自家焙煎の店としても日本初だったかもしれません。

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石臼で明治時代の珈琲の挽き方を再現

また、「放香堂」では明治時代、豆を薬研や石臼で挽いて、粉を湯に浸して抽出していたと伝えられており、当時のコーヒーを可能な限り再現し、2015年に茶舗に併設して「放香堂加琲」を開店。インド産の豆を使った深煎りのブレンドを、石臼挽きして提供するコーヒー「麟太郎」は、港町の歴史に思いを馳せる一杯です。

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初めて珈琲を味わった当時の日本人に思いを馳せて味わう一杯

放香堂加琲
住所:神戸市中央区元町通3-10-6
☎:078-321-5454
営業時間:10:00〜17:30
定休日:水曜


移民が取り持つブラジルとの縁「神戸市立海外移住と文化の交流センター」

開港以降、居留地や元町に開業したホテルやレストラン、さらにパン・洋菓子など洋風の食文化が広まったことで、コーヒーが身近になると、専門の焙煎業者も増え始めます。大正~昭和初期には炭火焙煎の元祖「萩原珈琲」や、日本一のコーヒー企業「UCC上島珈琲」など、神戸を代表する数々の焙煎業者が相次いで創業。独自に試行錯誤を重ねる中で、地場産業としての基礎が築かれました。
また、神戸は世界一のコーヒー生産国・ブラジルとも深い縁で結ばれています。その始まりが、1908年(明治41年)に神戸から出港した、最初の日本人移民船・笠戸丸です。以来63年間で25万人もの移住者たちを海外へと送り出し、現地のコーヒー栽培の発展に貢献しました。北野には、当時の「国立移民収容所」の建物を保存・再整備した、「神戸市立海外移住と文化の交流センター」があり、同センター1・2階の「移住ミュージアム」では、当時の映像、写真の充実した展示で、移住の歴史から、移住先への道のり、現地での暮らしまで、詳しく知ることができます。

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「移住ミュージアム」の展示の様子

この移民の功績を認められた団長の水野 龍は、豆の無償提供と宣伝販売権を得て、帰国後に全国に「カフェーパウリスタ」を展開。神戸にも1912年(明治45/大正元年)、 トアロードに「カフェー パウリスタ 三ノ宮喫店」が開店し、コーヒーの普及に大きな役割を果たしました。その跡地に建つビルには、今も「パウリスタビル」の名が残されています。

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北野異人館街から西へ歩いたところにある「神戸市立海外移住と文化の交流センター」

神戸市立海外移住と文化の交流センター
住所:神戸市中央区山本通3-19-8 
☎:078-272-2362
営業時間:10:00〜17:00(最終入館16:30) 
定休日:月曜(12/29~1/3は休館) 


神戸っ子に愛される、”街の顔”的な喫茶店「にしむら珈琲店」

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グリーンの窓枠が特徴的な「にしむら珈琲店 中山手本店」の外観

戦後になると、街の復興とともに、コーヒーに様々な趣向を打ち出した喫茶店が現れます。1948年(昭和23年)にいち早く開店したのは、いまや神戸を代表する喫茶店としておなじみの「にしむら珈琲店」です。テーブル3つだけの小さな店から始まり、4年後に現在の中山手本店の場所に移転。「にしむら珈琲店」といえば、酒処・灘の名水「宮水」で淹れるブレンドコーヒーが定番ですが、実は日本で初めて産地ごとに豆を淹れ分ける、ストレートコーヒーをメニューにのせたことでも知られています。産地ごとの個性を楽しめる、約10種を揃えるストレートは、コーヒーが早くから広まった街だからこその趣向です。

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「にしむら珈琲店 中山手本店」の店内の様子

また、1974年(昭和49)には、日本初の会員制喫茶店を開店します。創業者の自宅1階を改装し、海外から取り寄せた調度品や、自ら木彫した家具などを配した重厚な店内は、他の支店とは一線を画しています。演劇を愛した創業者は舞台関係者との親交深く、美輪明宏、大竹しのぶといった演劇・映画界の名優、神戸生まれの映画評論家・淀川長治をはじめ、各界の名士、著名人が会員に名を連ねていました。阪神・淡路大震災以降に一般にも開放され、当時の贅沢な雰囲気を今に伝えています。

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シックで重厚感のある「北野坂にしむら珈琲店」のインテリア

また、氷を丸ごとくり抜いて器にしたアイスコーヒー(夏季限定)など、会員制時代の特別なメニューが味わえるのも、”特別なにしむら”ならではの楽しみです。

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氷のカップに注がれたコーヒーは写真映えも狙えそう

にしむら珈琲店 中山手本店
住所:神戸市中央区中山手通1-26-3  
☎:078-221-1872 
営業時間:8:30〜23:00  
定休日:なし 

北野坂にしむら珈琲店
住所:神戸市中央区山本通2-1-20
☎:078-242-2467
営業時間:10:00〜22:00  
  定休日:なし


関西のサイフォンコーヒーの先駆け「神戸エビアンコーヒー」

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通りからはロゴが輝く綺麗に磨かれたガラス越しに店内の様子が見える

1952年(昭和27) 、元町には関西でいち早くサイフォンコーヒーを提供した「神戸エビアンコーヒー」が開店します。カウンターにサイフォンを並べて抽出、提供する、当時としては最新のスタイルで人気を博しました。創業者は、元は貿易関係の仕事に就き、コーヒーに関する情報も豊富に持っていたことから、東京で本格的にコーヒーを学んだそうです。

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手際よくコーヒーがサイフォンで淹れられる様子は目でも楽しめる

5種類の豆をブレンドした自家焙煎のコーヒーは、サイフォンならではのすっきりと軽やかな後味が特徴。「できるだけ手軽に飲んでもらいたいですし、お米もそうですがたくさん炊いたほうが美味しいから」と、サイフォンは常に5杯立て、淹れてから15分以上は置いておかないというのがモットー。元町商店街のすぐ側でお客の回転が早いのもあって、待たずに飲めるようにという気配りも、5杯立ての理由の一つです。

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サンドウィッチなどの軽食メニューもあって、ショッピングの合間の休憩にピッタリ

深い緑が印象的な「神戸家具」の椅子やテーブルは、創業以来、手入れをしながら使い続ける特注品。街のにぎわいから少し離れて、ホッと落ち着ける大らかな雰囲気も、長年愛される所以です。

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店内の様子

神戸エビアンコーヒー
住所:神戸市中央区元町通1-7-2 
☎:078-331-3265
営業時間8:30〜18:30、日曜・祝日9:00~18:00 
定休日:第1・3水曜


独自の美学で全国のファンを魅了「茜屋珈琲店」

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美しいコーヒーカップと、民芸調の書体の看板

喫茶店の数が急増した1960年代は、様々なジャンルが個性を競う中、本格的なコーヒーを供する専門店がコーヒーへの関心を集めるきっかけを作りました。中でも、独特の美意識で話題を呼んだのが、1966年(昭和41)に登場した『茜屋珈琲店』。当時、一杯80円が相場のところ、995円という高級感を打ち出して、コーヒー好きの注目を集めました。
店主自ら神戸中のコーヒー豆から選り抜いた、炭火焙煎の元祖「萩原珈琲」の豆を贅沢に使ったコーヒーは、ペーパードリップの1杯立てで丁寧に抽出。まだ家庭用器具のイメージが強かった当時としては。画期的なスタイルでした。また、黒い板壁に紫のダスター、独特の民芸調の書体など、設えにもこだわりが随所に。さらに、国内外の名窯のカップ200客を揃え、好みのデザインを選ぶスタイルを提案。この店ならではの趣向を凝らしたもてなしは、全国各地に根強いファンを生み、”茜屋スタイル”を継承して開業するお客も続出。開業者が自発的に店を訪れて報告し、全国に店が増えていったことから、当時のインパクトの大きさがうかがえます。

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珈琲はもちろん、空間全てが味わい深い

茜屋珈琲店
住所:神戸市中央区北長狭通1-9-4 岸ビル2F 
☎:078-331-8884 
営業時間:12:00〜22:00
定休日:水曜


その後、1970~80年代にかけては、開店ラッシュが続いた喫茶店黄金時代を迎え、全国の喫茶店数は10万軒を超える伸びを見せます。また神戸では、1969年(昭和44)、日本有数のコーヒー企業 「UCC上島珈琲」が世界初の缶コーヒーを発売。大阪万博の会場で販売されたことで爆発的な人気を獲得しました。日常生活にコーヒーが広まる中で、今も神戸っ子に愛される、数々の個性的な喫茶店が生まれたのは、いち早くコーヒーに親しんだ港町ならでは。ユニークな喫茶文化を伝えるこだわりの一杯に、”コーヒータウン”の歴史が息づいています。

【文・写真】田中慶一
神戸の編集プロダクションを経て、フリーランスの編集・文筆・校正業。関西の食を中心に情報誌などの企画・編集を手掛ける。また、学生時代からのコーヒー好きが高じて、01年から珈琲と喫茶にまつわる小冊子『甘苦一滴』を独自に発行するなど専門分野を開拓。全国各地で訪れた店は約1000軒超。2013年より、神戸市の街歩きツアー「おとな旅・神戸」でも案内人を務め、2017年には、『神戸とコーヒー 港からはじまる物語』(神戸新聞総合出版センター)の制作を全面担当。
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