神戸の歴史探訪
原始・古代
神戸では市内各所から旧石器時代の石器が出土しています。しかし、いつごろから人々が住みは じめたのか、またその当時の生活の様子などはよく分かっていません。 原始・古代の遺産として代表的なものには、神戸市立博物館に展示されている国宝の「銅鐸・銅戈(どうたく・どうか)」と、神戸市埋蔵文化センター五色塚古墳造られた当時の状態に復元されている「五色塚(ごしきづか)古墳」があります。神戸市立埋蔵文化財セ ンターでは、発掘された遺跡や遺物を中心に古代の神戸を分かりやすく解説しています。 |
![]() |
![]() |
![]() |
中世
現在の神戸市域は摂津・播磨の両国にまたがり、当時の首都・京都と瀬戸内海方面を結ぶ海上交 通の要衝でした。 平安末期、そこに着目した平清盛は、神戸の港「大輪田の泊(おおわだのとまり)」を改修し、中国(当時の「宋」)と貿易を行いました。 さらに神戸は軍事上の拠点ともなり、南北朝時代には楠正成(くすのきまさしげ)が 北朝軍に敗れた「湊川の戦い(1336年)」の地としても知られています。 |
![]() |
![]() |
近世
古代から港町として発展してきた神戸は、天下の台所・大阪を控えて海上交通の要所であると共に、 西国街道沿いの宿駅でもありました。 |
![]() |
![]() |
![]() |
近代
長い間鎖国政策をとっていた日本ですが、ペリーやハリスの来航により開国を迫られ、日米修好通 商条約(1858年)により1868年に神戸が開港されます。 |
![]() |
![]() |
![]() |
神戸市の誕生
明治元年(1868年)に兵庫県が設置され、1871年の廃藩置県の後、1889年に人口13万5000 人の神戸市が誕生します。 |
![]() |
![]() |
![]() |
兵庫県南部地震
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、マグニチュード7.2の直下型地震が神戸付近を襲いました。一瞬にして多くの尊い命を奪い、神戸の街を破壊した「阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)」です。 |
![]() |
![]() |
![]() |










































